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8.15は何の日か

 今日は終戦記念日ということであるが、対外的(正式)には1951.9サンフランシスコ講和会議における、平和条約の調印である。
 先日、NHKの特番で日本海軍の事実を証言する戦後の反省会の記録を元にした、
検証番組があった。
3夜とも見たが、海軍での戦闘指導(一般には戦争指導という表現を使うが、ここでは海軍に絞っているので、あえて戦闘という表現を使う)の中枢であった軍令部員の証言であるので、
おそらく、あれがおそらく事実であろう。
しかし、ひどい話である。内容は長くなるので省略するが、
いわゆる大企業病に陥った海軍(陸軍も同様)が、合理的官僚組織でなければならないものの、
如何にして、驕りと慢心と焦りにより、冷静な分析と確実な準備のない中で戦争に突入し、
愚劣としかいいようのない戦闘を行い、無駄に人命を消耗した。
その責任もあいまいなままで、終戦を迎え現在にいたる。
いつも心と体に傷を負うのは、末端の将兵であり、いまだにその傷は癒えていない。

本当にヒドイ話である。

明治の陸海軍にはまだ、分別があったように思う。

日本人の思考では、日露戦争の2次元展開の戦闘までしか対応が不可能で、
2次大戦のような3次元戦闘(潜水艦や航空機)に対応できる能力が欠けているのではないか?

確かに優秀な潜水艦や航空機が多く開発されたが、ニミッツ提督著書の「太平洋海戦史」では
明らかにその部分を指摘している。
嘗て私が海自の候補生学校在校中にその当たりを研究したが、
個々の艦艇性能や操縦員の技量は比較的高水準にあるものの、
運用のミスを指摘しており、これがアメリカ海軍の勝利に大いに貢献したと記していた。

当時の潜水艦隊の運用において、日本とアメリカの相違点は・・・(省略)

では、現代の我々はこれらの歴史から何を学ぶのか?

私が在籍した海自は、旧海軍の伝統をよく継承しており、
その時の印象も、帝國海軍からの・・・や・・・のような・・・が多々あり、
それが・・・止めときます

とにかく戦争は軍だけの問題ではなく、国家総力の大消耗戦であるので、
相当の準備が必要なのです。

私は擬似体験から戦争は絶対にやりたくありませんし、してはだめと思いますが、
一般の反戦感情とは違ってます。
戦争の悲惨さとは、人が死ぬことです。
太平洋戦争(大東亜戦争)の戦場において日本軍の場合、戦死者の大部分は直接戦闘ではなく、
病気やけが、そして餓死がほとんどです。
つまり、武器弾薬、燃料、食料、医薬品が足りなかったのです。

私が大学でお世話になった。故中内功(ダイエー創業者で流通科学大学の創設者)氏は
亡くなる直前まで、このことが頭からはなれなかったようです。
「わしの戦友は、戦場で、腹減った、痛いといって食い物も薬もないなか死んでいった。わしはあいつらにこんな世の中はおかしい。戦争が終わったら食いものや、薬が無くて困るような世の中ににはしない。だからこの商売をわしは死ぬまでせなあかんのや」と言われてました。
善悪は別として、凄い執念だと思いました。

また、空襲(原爆投下含む)で多くの尊い人命が失われました。
これも、高高度進入爆撃機の迎撃体制(レーダー、迎撃戦闘機、高射砲部隊)があれば、
全く起きなかった問題です。
戦争の是非も大事ですが、こうした冷静な技術論も必要で、
戦争を始めたならこのあたりの体制整備かと思います。

つまり、戦争とは、武器・弾薬・燃料・食料・医薬品その他の物資があって
初めて成立するもので、当時の日米の差からすれば当たり前のことです。

かつて湾岸戦争のロジステックス(兵站)担当した、パゴニス中将の著書を読みましたが、
あれは正に経営学でいう物流戦略論の世界で、民間の経営者や企業人が読むと非常に
ためになる本です。わかりやすいうと、嘗ての湾岸戦争とは、アラスカ州の人口と生活物資を
アメリカからイラクに移動させ、また何一つ残さず、きれいに持って帰るということだったようです。
凄いですよね。やはりアメリカには勝てません。

では今後にどうするかですが、人命さえ奪われなければ悲惨ではないとすれば、
こちらから戦争を仕掛けることは今後の日本では考えにくいですが、
仕掛けられたときにどうするかは、冷静な技術論として考える必要があります。
近代戦は根性や精神ではなく、事前の兵器武器体系である程度想定できます。

ミサイル問題やテロ対応をどうするのか?
平和人道上の観点で地雷やクラスター爆弾を廃棄するだけではあまり意味はないと思います。
核も削減はされますが、おそらく0にはならず、未だに米ロ中は数千発の戦略・戦術核を保有しています。
こうしたなかで日本は本当にどうするの、安易な再軍拡論もどうかと思うし、従来からの反戦運動、フォークギターで反戦歌の合唱も全く無意味です。
現実として自分に銃を向けられた時、相手が軽くトリガーを引くだけで一瞬にして自分に死が
訪れることになった場合、奇麗事ではすまないことを理解して、そのときに気がついても遅いです。

8.15は過去の戦争を冷静に分析して、日本民族の陥りやすい思考パターンから脱却して、
平和というよりも、いかにして戦闘を防ぎ人が死なないことをどう実現するのかを、
もうそろそろ、日本も冷静かつ確実に考える時期にきているのではないでしょうか?

空襲で大変だった、食べ物がなかった、家族が死んだだから戦争はだめだ!
と言っているだけで、どうにかなるのでしょうか?
昔話もいいけれど、ほんとにこれからどうするのといいたいのです。
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難しい

う~ん、いろいろな意見が飛び交いそうな記事です。
そこまでいって委員会でも見ている気分になりました。
このての話は毎年終戦記念日には物議をかもしだす内容ですね。
でも、書かれている通りこれからだと思います。
立ち止まって同じ話ばかりでは前に進みませんからね。
しかし長い記事で疲れました…。

中内さんの気持ち

戦死の実態の知らざる真実に驚きました。
中内さんの熱い気持ち大事にしたいですね。
戦争は是か非か、難しい問題ですね。
戦争はダメでしょうが、もし喧嘩を売られたら、じゃあどうする?答えが難しい…
日本がそうであったように喧嘩は仕掛けるほうにも、訳があることも考えなければなりません。
今の日本は少し平和ボケの感もありますよね…

組織運用という面でいえば

戦争的なものは無くならないですよねぇ。

災害しかり、バブルしかり・・・
直接的な命のやり取りではないものの間接的には生命の危機につながる判断が至る所で求められます。

昔以上に現代は情報戦です。正しく運用してなんぼ。情報の質を見極める目も重要。実行できる体制も重要。

失敗から学べることは山ほどあり、成功から学べることは少ないものです。
何事も無駄にせず、常に学ぶ姿勢こそ次代を生きる者の資質でしょう。
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