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な・なんと!

先日実家で我が家の過去の資料を見ていましたら、
次のような資料を発見しました。
2010022008590000.jpg


判事であった曾祖父の出張命令です。
何事で豊岡に来ていたかは不明ですが、
どうやって来たのかも興味深いです。
鉄道は明治40年代ですし、馬車か歩いてでしょうか?

昔の資料では、浜坂から神戸まで出張するのに、2週間だったそうですが、
そんなレベルでしょうか?

ちなみ曾祖父はこんな人でした。
2010022008560000.jpg

やはり縁があったのでしょうか。
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縁があったのでは

やっぱり縁が有ったのでしょうね。
それにしても判事ってすごいですね。

縁ですね

いやはや、すごいものが埋もれてますね。
判事とはすごい!
しかし馬車、う~ん、歩き?
時は明治ですよね。
なんでしょ?
でもやっぱりなにか巡りめぐっての縁ですね。

縁ですね

 本当にすごい縁です。
 しかし、この当時判事ということはすごい由緒正しい家系なんですね。驚きです。
 その年は地方三新法(都区町村編成法、府県会規則、地方税規則)が制定された年で、日本の中央集権的な地方自治の始まった年みたいですね。曽祖父さまは豊岡県でのその新法の運営や町村の編成に法律的な面からサポート・あるいは主導されるために出張されていたのでしょう。

 そうするとますます似ていませんか?? さらにびっくりです!

 運命すら感じます。

まあ、縁があったということで!

ありがとうございます。

他の資料を見ますと、明治初期に土地の測量関係か
何やらで出張したような形跡があります。
市町村間の境界線の問題が多々あったと聞いたことがあります。

おまけに給与辞令までありました。
あのころの公務員は年俸制であったようです。

まあ、縁があったということで、
よろしくお願いいたします。

某藩の家老であった我が家は、
時代が変わってこんな職についたようです。
曾祖父の子(つまり祖父の兄弟)らは、**学者やお医者さんみたいです。

しかし6男だった我が祖父が、我が家では最強の男ですね。
戦前の東●帝●大学卒の外●官でして・・・

これは、そのうちウキペディでページをつくろうかと思っています。

しかし、それに比較したら私なんて・・・



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Re: 経歴発見(web)

> 曾祖父の経歴を発見しました!
>
>
> 【経歴】
> 明治9年 司法省十二等出仕
> 明治10 年 判事補 神戸裁判所 在勤
> 明治14 年8 月 検事,再転官 福井始審裁判所詰判事
> 明治18 年7 月 大阪始審裁判所
> 明治23 年10 月 裁判所構成法施行時 大阪地裁部長
> 明治27 年4月 裁判所予審判事
> 同年5月 富山地裁所長
> 明治31 年12 月 大阪控訴院部長
> 同月退職 大阪区裁管内公証人
> 大正12 年1 月29 日 死亡
>
> 【関係著書】
> 日本立法資料全集 別巻595
> 市町村制釈義 附理由書  地方自治法研究復刊大系[第五巻]
> 発 行 : 信山社出版
> 著 者 : 清岡公張 題字/石澤命文 校閲/樋山廣業 著述
> 発行日 : 2009年9月25日
> 税込定価 : 39,900円(本体38,000円)
> 判 型 : 46判上製箱入
> ページ数 : 336
> ISBN : 4-7972-6255-1
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